倶知安神社 (倶知安町)
【所在地】
〒044-0072 
虻田郡倶知安町字八幡476番地

電話 0136-22-0666
FAX 0136-23-4820

【例祭日】
7月28日
【祭神】
誉田別尊(ほんだわけのみこと)
安倍比羅夫将軍(あべのひらふしょうぐん)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
大山祗神(おおやまつみのかみ)
保食神(うけもちのかみ)
菅原道真公(すがわらみちざねこう)
大国主命(おおくにぬしのみこと)
事代主神(ことしろぬしのかみ)
天之鈿女命(あめのうずめのみこと)
大山咋神(おおやまくいのかみ)
【旧社格】
郷社
【社殿様式】 流造
【本殿様式】
 流造

【社殿面積】 52坪
【境内面積】 6,056坪(20,023u)
【氏子世帯数】 6,785世帯
【崇敬者数】 
【交通機関】 JR倶知安駅から道南バスで8分「八幡保育所」下車
【由緒】
 クッチャン原野に入植した縫部兼次郎・萬代佐太郎・山本保次郎・山本弥平は、明治29年4月2日入植者達と協議し、開拓の守護神として石清水八幡宮より誉田別尊の御分霊を勧請、ブイタウス(現豊岡)の小祠に祀ったが、同年9月3日に現在地に遷座した。翌年9月1日に、八幡神社の創立を出願。翌年1月24日に許可される。大正7年、村社に昇格し、神饌幣帛料供進神社に指定される。大正11月、郷社に昇格。同14年に社務所焼失。翌年再建。昭和17年、石造大鳥居を建設し、斉明天皇の御代に「安倍引田臣比羅夫、後方羊蹄に郡領を置く。」とあることから、後志開拓の祖神、安倍比羅夫将軍を増祀する。昭和22年、北4西1に頓宮氏子集会所設置、同社殿他を30年迄に建設、34年に南1東2に移設。27年、倶知安八幡神社に改称。40年11月5日、浮浪者の焚火不始末で社殿を全焼失したが、48年に再建。41年、現社名に改称した。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
比羅夫神社 大山祗神、天照大御神、保食神 明治31年頃創祀 昭和41年10月27日合祀・天満宮 菅原道真公、天之鈿女命 明治31年頃創祀 昭和41年10月27日合祀・山陰神社(後に出雲神社) 大国主神、事代主神 明治31年9月創祀 昭和41年10月27日合祀
 
【社宝等】

【特殊神事】
倶知安町赤坂奴保存会の赤坂奴所作が、倶知安町文化財保護条例の民俗資料に指定され、昭和60年7月1日、倶知安町無形民族文化財第1号に指定、渡御先駆として、昭和8年より参加、道具衣装を神社が所蔵している。
【境内外末社】
蝦夷富士羊蹄山神社 大山祗神 大國主神 豊玉姫命
倶知安神社頓宮 誉田別尊 大国主神 事代主神
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