■ 神葬祭(神道葬儀・神葬) ■
神葬祭 解説


 
神葬祭とは

 ■神葬祭とは、その総てを神職が執り行う神道式の葬儀であり、我が国古代の弔い(とむらい)※(1)の姿をその精神において今に受け継ぐ日本固有の葬喪(そうそう)儀礼です。仏教伝来以前の我が国に於いては、既に固有の習俗として祖先並びに祖霊を祀(まつ)る信仰が存在しており、それは現在の神葬祭とは趣を異にするとしても「先祖まつり」につながる葬儀が行われていたことは、現存する歴史書等※(2)からも窺い知ることができます。一方、大陸から伝来した仏教は、その布教に際して我が国特有の先祖祀りの風習を自らの教義の中にいち早く取り入れ「日本固有の仏教」に変貌させ、時代の変遷と共に貴族社会から武家・一般庶民へとその枝葉をひろめ、特に江戸幕府が「寺請(てらうけ)制度」※(3)を厳しく施行した為、結果的に仏葬が葬儀の主流をなすに至りました。

 ■こうした中、我が国古来の先祖まつりと葬儀の在り方を見直す動きが芽生え、江戸中期以降の復古神道的自覚※(4)と、幕末から明治に掛けての神葬復興※(5)の運動が結実して、やがて神葬祭は全国的に復興し奉仕されるようになりました。
 ■伊勢・豊受大神宮の江戸時代の神官・中西直方
※(6)が詠んだ

      日の本に生まれ出にし益人は

        神より出て神に入るなり

       
(ひのもとに うまれいでにし ますひとは

            
かみより いでて かみに いるなり)

  の歌には「祖先の神から命を受けた者は、やがて祖先の神の許へ帰っていく」という日本人の死生観の一端がよく表されていると言われています。

 神葬祭の葬喪儀礼は現在では、一般的に五十日祭迄の儀式をいいますが、葬儀及びその後の霊祭(みたままつり)は総じてこうした信仰に基づいて斎行されます。故人の御霊は遷霊(せんれい)
※(7)により霊璽(れいじ)※(8)に遷して家の霊舎(みたまや)※(9)に祀り、遺体は奥都城(おくつき=墓所)※(10)に斂(おさ)め、両者とも鄭重に祀られます。
 故人の御霊はすぐに遠い彼方に消えるのではなく、五十日祭までは喪家(そうけ)※(11)に留まり、やがて産土(うぶすな)の神の導きにより幽冥(かくりよ)の神の御許(みもと)に昇られるとされております。この間は再びは戻らない遙か彼方に旅立つ後ろ姿を見送るのではなく、お呼びすれば応えて下さるかのように、この世を向きながら後ずさりして徐々に徐々に小さくなるお姿を遺家族が心静かに見守るという、日本人が本来抱いている死後の世界への信仰が根底にあるとも言えるでしょう。
 ■御霊は、おおよそ五十年の時を経て、やがては家や家族親族を守る祖霊(それい)・ 神霊(しんれい)となります。現在全国で行われている神葬祭は、各地の慣習等を考慮しながら奉仕されて来た結果、地域によりその実態に様々な違いが生じていますが、特に北海道は全国の風習が混在した地域でもあり、葬儀形態の相違が道内各地において顕著に見受けられます。
 
 ■神葬祭や霊祭等の斎行をご希望の場合は、早めに奉仕を依頼する神社を決め神職に詳細をお尋ね下さい。また神葬祭・霊祭等についてご不明のことは最寄りの神社にお問い合わせ下さい。




用語の解説

我が国古代の弔いの姿
※(1)弥生時代の終わり〜古墳時代〜飛鳥時代を指す。(七世紀迄の時代)

現存する歴史書等
※(2)『古事記』『日本書紀』『魏志倭人伝』『延喜式』『令義解』など。

「寺請制度」
※(3)江戸初期にキリシタンからの改宗者を、寺院の檀家に帰属させる為に始めた徳川幕府の制度。後に総ての国民に寺院檀家を義務づけ、域外への移住を制限し、過去帳にて戸籍管理をさせ仏葬以外の葬儀をも実質的に禁じた。

江戸中期以降の復古神道
※(4)江戸時代の国学学派の一つ。国学の研究を古事記・日本書紀等の神代の事を記した神道書の『神典』解釈を行って神道を説いた。

神葬復興の運動
※(5)奈良以降の葬儀は、多く仏葬に委ねられ、江戸以降は幕府の政策により一層仏葬が厳修されてきたが、のちに一部の神職及びその嫡子にのみ認められた神葬を、一般に於いても営む事ができるよう度重なる嘆願運動が起こった。

伊勢・豊受大神宮の神官・中西直方
※(6)なかにしなおかた・江戸時代の神道学者。伊勢・外宮の神官。伊勢の内・外両宮により、国家は安泰で万民は百福であり、死後は魂神が高天の原に安鎮してこの世もあの世も安楽であると説いた。

遷霊
※(7)神葬祭において故人の御霊(魂霊)を遷し奉ること。

霊璽
※(8)遷霊したあとの御霊が移られる霊代(みたまのよりしろ)。璽とは「しるし」の意味。

霊舎
※(9)その家の祖霊と故人の霊璽を安置する屋内祭壇を霊舎という。仏壇は宗旨の本尊を祀るを主とするが、霊舎は祖霊と故人の霊璽を祀る為にあるもの。ここに大きな違いがある。

(奥都城・奥津城)
※(10)神道式に祀るお墓を奥都城(おくつき=奥津城とも記す)という。

喪家
※(11) 葬儀を出す家。或いは喪主の家を指す場合もある。


参考資料
戎光祥出版株式会社 『神葬祭大事典』
埼玉県・萩日吉神社蔵『神祇道葬祭口伝之巻』

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